陳情の先を行く部屋

基本的に二次創作を公開しているブログです。楽しく読んでいただければ幸いです。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

はじまりの日 ―――ファースト・ショウ・オブ・デス

―――駆ける。

 暗闇、月明かりは照らさぬが、それでも何故か目視できる暗闇の中を駆ける。目標はただ一つ、前方に存在する≪花つきリトルネペント≫である。それ以外にはまったくの興味はない。前方には先駆けるように十四,十五ほどの少年、数時間前に出会ったばかりの≪キリト≫と言う名のプレイヤーが初期装備である≪ショートソード≫を抜き、真っ直ぐ、自分と同じ目標である花の付いたネペントへと駆ける。しかしそのネペントの更に奥、闇の中にまぎれて存在するネペントがいる。それは花のついたネペントとは違い、頭上に人の頭ほどはある大きさの実を成していた。それに向かってこれも先ほど出会ったばかりのプレイヤー、≪コペル≫が向かって行く。


 それに対し自分は八メートルほどの距離で自身の体に掛かった加速を殺すように減速し始め、左手に握った得物を構える。脳内で初歩の投擲スキル≪シングルシュート≫を起動させると、自分の意志から放れ勝手に最適な投擲のフォームを取り、左手に握る一本のスローイングナイフに淡い光がまとわりつく。

「っ」

 声を押し殺し、スローイングナイフは手から放たれた瞬間水色のエフェクトを纏い、闇夜を切り裂き、前方を走るキリトを追い抜き花のついたネペントの弱点へと突き刺さる。ネペントの悲鳴と共にそのライフバーが大きく削られ、そしてこちらへとやっとターゲットが向く。このパーティーでの狩りのおかげで上昇している投擲スキルの一撃は、もはやネペント相手であれば体力を四割まで減らすことを可能にしている。本来は直接的なダメージ目的ではない攻撃スキルではあるので、その役目は十分以上に果たしている。

 大きく仰け反ったネペント……それは一定以上のダメージを受けたモンスターが例外なく行う動作。それはプレイヤーにとっては完全な好機。反撃を受けずに攻撃を打ち込めるチャンスである。キリトはネペントのターゲットが自分へと移る前に、まだこちら側にターゲットが向いているうちに体を加速させたままソードスキルを発動させる。片手剣単発初級スキル≪ホリゾンタル≫。キリトのそれも幾度の戦いにより使い込まれ、発生速度と威力が上昇しているそれは真っ直ぐ水平に、青いエフェクトを引き続けながら弱点である捕食器下の付け根に突き刺さる。そしてそこで動きは止まらず、ネペントの頭上のライフバーを完全に空へと落としながら剣は完全に振りぬかれネペントの体が飛ばされる。その死ぬ姿は通常のネペントとは違い、悲鳴を上げながら吹き飛ばされ地面に転がり……爆発。ポリゴンを撒き散らしながら消え去ったあとには一つのアイテムだけが残っていた。

 キリトが駆け足でそれを拾い、軽いガッツポーズを取る。

 キリトが手に入れたアイテムは≪森の秘薬≫クエストを終わらせるために必要なキーアイテム≪リトルネペントの胚珠≫だ。それを手に入れる過程であれこれ考え迷う羽目になったとか、そう考えると結構厄介だな、と思いつつ顔に笑顔ができるのがわかる。

「おめ」

「ありがとう、あと一つだ」

 胚珠を拾い上げ腰のポーチへと収納するキリトを見ながら新たなスローイングナイフを取り出す。未だコペルは危険な≪実つき≫のネペントを相手に戦っているためにこっちの加勢も必要だろう。当初三桁あったはずのナイフが残り二桁まで減ってしまったことを寂しく思いつつもコペルのほうを向き、援護の体勢に入る。

「悪い、待たせた!」

 キリトもショートソードを構えなおしコペルへの加勢に入ろうとして……共に動きを止める。

 ―――気に入らない。

 コペルに加勢すべきなんだろう。だが、体はその正しい論理を無視して動こうとはしない。まるでそれ以上動くのは危険だといわんばかりに、停止する。目が気に入らない。何だアレは。それよりも自分の肌で感じる。これは久しく感じてなかった匂い。甘ったるく、誘うように匂ってくるこれは知っている匂いだ。決してゲーム内に登録されたような匂いではなく、これは―――

 ―――死の匂いだ。

 実際に匂いとして感じるわけではなく、それは脳にへばり付いた昔の、死の記憶を思い出させる予感。≪ソードアート・オンライン≫、ひいてはゲームエンジンとしてはそんな≪予感≫や≪匂い≫なんて登録されているはずはない。殺気だとかそんな非現実的な表現は決してゲームの中で存在する余地はない。ないのだが、それでも自分はその感覚を知っている。これは前世、死ぬ前に感じた匂いだ。冥府へと引きずり込もうとする死神の誘い香。あの熱く、冷たく、暗くなって行く視界の中で感じたものだ。もし、前世の記憶を引き継いだ事で何らかの利点を得たとしたら、それはこの記憶に限る。おそらく軍人等の戦場や人の生き死にを感じ取った人間なら理解できるであろう、この感覚。

 それが、間違いなくあの少年コペルから感じ取れた。

 握ったバックラーとショートソードで戦っていたコペルはネペントの攻撃をバックラーで弾き返し大きく隙を作ると、ショートソードを振りかぶりながらこちらを見る。その目に映っているのは疑うような、憐れむような俺たちの顔だ。

「ごめん、キリト、サイアス」

 そして、コペルの刀身に薄く青い光が輝く。単発の垂直斬りソードスキル≪バーチカル≫。その切っ先の向けられた先は今までコペルがターゲットをとって時間を稼いでいた相手、

 実つきネペントの実だった。

「いや……だめだろ、それ」

「おいおい……なんだよそりゃあ」

 パァンと、コペルの剣が叩き込まれネペントの頭上にあった実がはじけ、空中に黄緑色の煙と鼻に強く残る異常な臭気が満ちる。だが、それを超えて死の匂いが強く残る。コペルの一撃はそのまま半分以上体力の削られていたネペントに突き刺さりその体力を全損させる。ポリゴンとなってネペントが弾けるが今の問題はそれではない。

 ネペントの実はこのエリア一帯にいる全てのネペントを引き寄せる効果があるのだ。キリトは呆然とした表情でコペルに声をかける。

「な……………………なんで……」

 その一言を投げかけるのも辛いようで、声が搾り出すようにかすれているのが解る。それが聞こえたのかコペルが俯くように小さく返事する。

「ごめん」

 申し訳なさそうに言ったその言葉が自分の中でカチリ、と何かに火をつける。

「てめぇ! ごめんとか申し訳なさそうに謝るんだったら最初からするんじゃねぇ!」

 イライラする。コイツは確実に狙ってあの実を割った。今現在もコペルの背後からはネペントの存在を示す、多くのカーソルが犇めく様に近づいてくるのが見える。索敵スキルがまだ育ってないためにたぶん索敵範囲外からもまだ来るだろう。既に視界の中には三十体を超えるネペントの姿が見える。円を組むように囲まれているのが背後からの気配で理解でき、自分もキリトもコペルも逃げ場がないのは明確だ。なら、コペルは自殺目的でこの行動に移ったのか。

 それは否。

「無駄だよ……」

 迷いのない足取りで近くの森へと走って、明らかに逃げるという動作が似合うそのコペルの行動は、この行為は計画されたものだということが容易にわかる。悪あがきには見えないその行動は二十メートルほど離れた位置で、つまりは索敵スキルの有効範囲圏内で証明される。

 ―――コペルのカーソルが消えた。

「野郎、最初からそのつもりで接触したのか……!」

 コペルが急に消えたこととしては二つの可能性が上げられる。一つは≪転移結晶≫(テレポート・クリスタル)を使っての離脱だが、それは転移結晶自体が一層では手に入らないアイテムであるために否定できる。そしてもう一つの可能性が―――≪隠蔽≫(ハイディング)のスキルによる特殊効果だ。たとえ隠蔽のスキル熟練度が一であっても、その特殊効果は一定時間プレイヤーの視界に映らなくなり、頭上のカーソルを消すのと同時にモンスターからターゲティングされなくなるという効果を持っているのだ。

「俺達を、俺を殺そうって言うのか」

「………………そうか………………」

 怒りよりも苛立ちと、そしてなによりも不思議と歓喜が湧いてくる。≪MPK≫(モンスタ・プレイヤー・キル)と言う古典的な手段だが、それはつまりコペルが一人のプレイヤーとして先を見据えて行動を始めたということを意味する。それは今の現状、レベルを上げることだけに集中して現実の事を考えるのを否定した自分とは違う。本当の意味での≪プレイヤー≫として、このソードアート・オンラインという舞台に立ったのだ。だから、そこに対して怒りを覚える理由は何一つとてない。それは、まだこの世界において立脚点のない、覚悟の出来上がってない自分が決して怒ってはいいことではないのだ。人として、今の自分は劣っているのだ。

 だが、コペル―――お前は甘い。

 コペルはこの計画を実行するうえで唯一つだけ忘れて……いや、知らなかったのだろう。隠蔽と言うスキルは対人やソロにおいては必須といっていいほどのスキルだ。MPKも、≪PK≫も、どちらをやるにしても逃げるにしても必須スキルだ。だが、

「たぶん隠蔽スキルを取るのは初めてなんだろ。あれは便利なスキルだけど、でも、万能じゃないんだ。視覚以外の感覚器官を持っている相手には効果が薄いんだよ、たとえば……リトルネペントみたいに」

 キリトが説明している間にもやってきたリトルネペントの一部は群れから離れ、コペルが隠れていると思わしき藪へと向かっている。数瞬後カーソルが見えたあたり、ネペントにその隠蔽が破られてしまったのだろう。これで、コペルも生き残るには戦わざるを得ない。そして俺とキリトはコペルが相手する以上の数を倒さなければ生存できない。

 まさに絶体絶命。だが、それでも、

 ―――俺は、こんな所では死なない。

 充満する死の気配に囲まれながらも、思うのは自分の今生……つまり、リアル。

 ……今までの自分は何かを成せたのであろうか。

 そう自問してみれば確実に返す答えはいいえ、つまり自分は何も成していないとしか答えようがない。輪廻転生を受け前世を引きずり生まれ、幼稚園と小学校を駆け抜けるように経験し、そして中学校と高校は既知に苛まれながら生活を続けていた。抵抗とばかりにゲームに没頭したが、それでもそれは本当に既知感を破ったとは、自分の生で何かを成したとは言えない。そのすべてが、結局は誰かの何かをなぞっただけの生ではないのか。

 ……今、これを、覚悟をもって乗り越えれば、自分は初めて最上明広に、いいや、―――サイアスになれる。

 ダラリと力なく下げていた右腕に愛刀である≪ブロンズカトラス≫を握らせその手に力を入れる。左手には残り数が少なくなったスローイングナイフを握り、両方の損耗具合からどれだけ戦えるかを計算する。軽く横目でキリトを見ると、その目がまだ死んでいないことに気づく。まだ、この少年は死ぬ気はない。自分と同じだ、と。キリトの背後を守るように背中合わせに立つ。一瞬びくりとキリトが体を硬直させるが、すぐに剣を構え前方だけを見据える。

「死ねない」

「ああ、死ねない」

 言葉はそれだけだが、それだけでお互いの意志は確認できた。今、この瞬間だけは、俺達は血を越えた兄弟、魂で繋がった仲間だ。理解するのに言葉は要らない。そこに散りたくない意思があればそれだけでいい。それだけで俺達は敵ではなく同士だ。

「死中に活あり」

 小さく、自分に呟くように、暗示をかけるように言葉を呟く。今の自分に必要な言葉。自分は、この死の中において絶対に生を掴むという覚悟の現われ。その言葉を胸に迫ってくるネペントへと一歩踏み出す。背後のキリトも一歩を踏み出す。お互いに背後を見る必要はない。自分の横を通らす気は一切ないのだから。必要なのは全てを一撃必殺、自分の持つプレイヤースキルを限界にまで引き絞り、一撃で敵を屠る運と技量。

 そう、俺は絶対に死ぬ事はない。何故ならば、

               俺はこんな所で死ぬ展開を知らないから。

 だから肺に空気をため―――


                           ▼


「―――僥倖。これはまさに僥倖と言うべきか」

 そこは黄昏色の世界だった。夜であるはずの世界を夕日が黄昏色に染め上げ、光を反射する水面が美しく輝く。白い砂を敷き詰めた海岸は視界の限り何処までも続いている。実際にこの世界に終わりは無いのだろう。その光景は現実ではない。黄昏時から変わらぬ場所など存在しないし、永遠に続く海など存在しない。故に、ここは現実ではない場所―――仮想のどこかでしかない。しかし、その世界は現状再現できる筈の範囲を大きく逸脱していた。

 その黄昏色の海岸には二つの存在がいた。

 一つ、金色の整えられてない、長髪の美少女。

 一つ、その全貌がぼろぼろのマントにより顔まですっぽりと覆われ、それでいて姿が正しく認識できない存在。

 ただ、マントの存在はその声から男だということだけは分かる。

「まさに幸運。喜劇が始まりまだその一日が終わってもいない頃にこうも上手くを見つけ出すとは。あぁ、これはまさに天より与えられた宝であろう。その荒ぶる魂はまさしく女神への供物に相応しいと私は思う。が、しかし、未熟。あまりに未熟なその魂では到底女神への供物としては到底ありえぬ
。だが、それでもその魂の輝きに私は敬意を払うとしよう。その逆境、苦痛、苦悩、未熟、迷い、その全てが新たな位階へと上がるために必要な経験。故に私は言おう―――喜劇の舞台へようこそ、と」

 まるで一つのオペラを演じている俳優のような芝居がかった口調。それはまるでどこかの光景が見えているようで、だがその行動には一切の熱が感じられず、興味はあるがまだ熱意をもてるまでの存在ではないと、そういう風な印象を受ける。

「天才茅場晶彦の用意した世界、これはまさに喜劇と言っていい。全てが計算された合理の世界。それ故に喜劇。あぁ、悲しきかな自分の破滅すら計算に入れるその考え、私は実に好ましいと思うよ。だからこその喜劇であり―――それだけに馬鹿には出来ない。何故ならそう、ここはそれ自体が新たな世界なのだ。そしてこの新たな世界に見出された二つの魂、―――キリトとサイアス。貴殿らはまさしくこの舞台の主役に相応しい英傑の魂の持ち主。この短い時間でどれだけの苦痛を味わっただろうか。それが到達への道標となるかは貴殿らの努力次第であろう。故に私は否定せぬよ。キリト、貴殿の魂はまさに英雄の卵と言っても差支えないだろう。今はまだ孵化したばかりの雛鳥ではあるがその素質は人を導くことにあらず、常に前に立ち切り裂く事で道を示し、前へと人を引っ張って行くもののそれだろう。故に貴殿を喜劇の舞台の英雄、≪エル・キホーテ≫と呼ばせていただこう。サイアス、貴殿の荒ぶる魂は修羅のそれであり、だが更なる苦難を望み悟りを目指す聖者の巡礼にも似たものだ。懐かしき輝きをした魂よ、その魂に安らぎが訪れる事はないだろう。だからこその英雄以上の苦難と試練と呪いを与えよう。何者にも屈服せず、誰よりも強く、そして何色にも染まらない狂気と殺意―――そして守護堕天の剣鬼、≪シャヘル≫と、名と共に―――魔名を授けよう。貴殿は決して安寧を得られない。たとえ愛するものを得ても、真なる安らぎは絶対に訪れない。歓喜と殺意の入り混じった戦場こそが真の居場所だ。それが貴殿の呪いだ。ご都合主義を求めて見事解脱してみせよ」

 そこで一旦ぼろマントの男は芝居がかった動きを止め、金髪の少女の方へと向く。少女の表情はその男の動作の一つ一つが楽しそうで、笑い、純粋無垢と言う言葉がまさに合う存在だった。それを受けぼろマントの男は大げさに一礼を取り、

「女神よ、貴方への供物は今しばらくお待ち下さい。他にもこの東国から現れるかもしれない魂の持ち主を、もしくは貴方に相応しくなるまでかの守護堕天が育つまで、今しばらくお待ちいただきたい。だからこそ、今、どうかこの言葉を英雄殿に、剣鬼殿に送らせていただきたい」

 面を上げて、ぼろマントの男は虚空へと向けて初めて、楽しそうに言う。

                  「―――Disce Libens―――」
                        喜んで学べ


                           ▼


「クソが、舐めるんじゃねぇ―――!」

「う……ぉおおおおおおお―――!!」

 肺の中に溜めた空気を全て吐き出すようにして吼える。リアルの自分の体には一切影響はないだろう。この空気を吐き出した感じも実際に脳にそう指令を送り込み、それに沿った痛みをプログラムが発生させているだけだ。だからそのまま我慢すれば何時までも叫び続けることも出来る。

 だが、HPバーが空になってポリゴンが消滅するときだけは、それがリアルになる。

 抜かれたブロンズカトラスが闇の中赤いエフェクトを纏いながら綺麗な剣撃を放つ。レベルの上昇により底上げされたステータスによる攻撃はネペントの体の弱点、つまりは捕食器の下に隠れるように存在する茎に突き刺さり両断する。一撃一殺。一撃で一体倒さない限りは今使っている得物であるブロンズカトラスの耐久値がネペントがいなくなるより早く無になってしまい壊れてしまう。その場合はスローイングナイフでの応戦になるが、ナイフではネペント相手に二撃確定、花つきのネペント相手に三撃確定と、消耗が激しい。数えてはいないが見るだけで現在五十近くのネペントを感じられる。一部がコペル、そして半数をキリトに任せているとは言え絶望的に絶体絶命だということに変化はない。余計な思考を全て脳から切り捨てて自分の五感を全て戦闘の変化を感じれるように集中する。

 ネペントとネペントとの間の僅かな隙間、ツタでも捕食液での攻撃でも同士討ちのために行わない距離に体を滑り込ませると、曲刀ソードスキル≪リーバー≫を発動させさらに一匹ネペントを絶命させる。そこから何かが膨張するような音が聞こえる。視線だけをそちらへと向けるとネペントが数匹捕食液を飛ばそうと動作を開始したところであった。体を次のネペントへと向かわせながらも離れたネペントへとシングルシュートでナイフを放つ。弱点には突き刺さらずも二体のネペントの動きを攻撃の反動で仰け反らせ、キャンセルさせることに成功する。

 次の瞬間体に衝撃が走る。

 肺から空気がたたき出される感覚と共に鳩尾にいつの間にかネペントのツタがあたっていた。貫通するほどの威力はないが十分な力を持って放たれたそれによって、強烈な痛みが腹から広がるように全身へ浸透する。だが、それでも、動きは淀みなく、反撃とばかりにネペントを一撃で屠る。

 咆哮。

 リアルであればネペントの返り血と自身のダメージからの流血で赤く染まってそうな状態であっても、生き残るために一寸たりとも努力を怠らない。全ての動作は次の動作へと、ネペントを殺し、殲滅するためだけに動かす。もはやそれが言語かどうかすら怪しい咆哮を上げながらネペントの大軍の中へと身を躍らせる。視界に映るキリトのHPバーは毎秒減って行くことが解る。だが、それは自分も一緒だ。これが、自分の生で何かを成すために必要な儀式であるならば―――いや、違う。これは生を感じる為の儀式だ。だから、そう、

 ―――俺は今生きている!


                           ◆


 いくら時間が経ったかは定かではない。夜だったはずの時間は既に過ぎ、空は少しずつだが明けて行くのが解る。

 気がつけば周りにはネペントの死骸代わりにインベントリに収まりきらなかったドロップ。

 ―――そしてもう一つの胚珠。

 そう、あのネペントの大軍の中には花つきのネペントがいたのだ。そしてクエを終了してないキリトがいたために、胚珠はまだでる。そして出続けるだろう、キリトがホルンカでクエストを終了させるまで。体全体に酷い負荷を感じながらも立ち上がり、自分の装備を見る。そのすべてが後1回使えば壊れるような状態であり、スローイングナイフも完全になくなっていた。その代わりに、レベルが上昇し体力は完全に回復していた。

 そんな疲労の中キリトが立ち上がり胚珠を掴むと、それをある方向へと持って行き、置く。そこにはショートソードとバックラー……つまりはコペルの装備が置かれていた。戦闘中、ネペントの猛攻に耐え切れずコペルは死んでしまった。そしてここでの死はリアルの死。この三人で誰よりも早く本当の意味でプレイヤーになったコペルは死んだ。

「お前のだ、コペル」

 まるで墓標のようなショートソードとバックラーの前にそれを置くとキリトが一歩下がり、こちらの方へと視線を向け、パーティーを解除してくる。

「おめでとう、キリト。お前は生き残った」

「……そう言うサイアスだって」

「あぁ、そうだな」

 ここで一つでも冗談を言いたいところだったが、やはりそこまでの活力は自分には残されてなかった。疲労と負荷。それでも、体の中には生き残ったという実感と、本当の意味で何かを成した達成感があった。それを感じつつ頭を掻く。

「……」

「……」

 互いに黙る。なんとなく、言葉が出し難い空気だ。明け始める空を見上げれば徹夜で戦い続けていたために目が少し痛い。眠気が脳に響いてくる。だけど、今のこの気持ちを忘れたくは無い。時間はある。しかし、無駄にしたくは無い。ここで歩みを止めたくは無いのだ。だからキリトへ顔を向ける。

「お互い、この先も生き残ろうな」

「あぁ、そうだな」

 そう言ってキリトが背を向ける。その行き先は確実にホルンカだろう。そこで胚珠を渡して、森の秘薬クエストを終了させる。キリトの装備は強化され戦闘力は増す。だが、この結末で本当によかったのだろうか。今、背を見送る自分には、キリトは今にもかすんで消えてしまいそうに見える。だからだろうか、

「キリト!!」

 素早くウィンドウを操作する。今、キリトには一つのインビテーションが送られているだろう。それを受け取ったのかキリトが驚いたような表情をし、自分にも一つのインビテーションが送られてくる。

『≪kirito≫がフレンド登録を申し込んでいます。よろしいでしょうか?』

 迷わず”YES”を押し、背を向けて去って行くキリトに向かって大声で叫ぶ。

「この借りは! 絶対に! 返す! 俺も! お前も! 強くなって! また逢おうぜぇ!!」

 今にも折れそうなキリトに対して俺が持てる余裕はここまでだ。許してほしい。俺も限界なんだ。だけどここで折れるお前じゃない。そうだろ?

「……おうっ!」

 今のキリトがどんな顔をしているかはわからないがフレンド登録は出来た。これでとりあえずお互い生きているか死んでいるかがわかる。だから次に会うときまで生きていればそれで約束は果たせる。まずは装備を整えよう。休む暇なんてない。疲労回復ポーションでもなんでもいい。

 今は、胸の中の火が消えないうちに先に進みたい。

 これさえも既知感の内かもしれないなどと吐き気のする考えを捨てながら。
スポンサーサイト

| 断頭の剣鬼 | 20:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://tenzodogeza.blog.fc2.com/tb.php/56-5f32fe6b

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。